超多素子アンテナによる空間自由度の活用

東京理科大学 工学部 電気工学科

丸田 一輝 まるた かずき 准教授

無線通信における大きな課題が干渉です。家で無線LANを使ってネットを見ていたところ、家族が電子レンジを使ったらつながらなくなってしまった。これは電波が混信して干渉しているからです。このような干渉による影響をなくして快適に通信できるようにすることが私の研究「超多素子アンテナによる空間自由度の活用」で目指しているところです。

未解決の電波干渉問題の解決に挑む

――取り組んでおられる研究テーマについて教えてください。

超多素子アンテナ自体は、以前から研究が進められているテーマです。たくさんのアンテナ素子を組み合わせることで、欲しい信号を電波干渉に負けないくらいたくさん受信する、という技術は実用化もされています。それに対して私が研究しているのは、干渉を消すことにたくさんのアンテナを用いるというものです。ノイズキャンセリングの機能を持つイヤホンは、周りから入ってくる雑音を打ち消す信号を出しています。私の研究はそのイメージに近いと言えます。

現在の理論だと、アンテナの数マイナス1の数の干渉信号を消すことができます。アンテナが4本であれば3つの干渉信号が消せることになります。これをアンテナ自由度と呼びます。アンテナ数が増えるほどより多くの干渉を除去することが可能です。この研究では、超多素子アンテナが持つ膨大なアンテナ自由度を最大限活用し、さまざまな電波干渉問題の克服に取り組みました。

「IoT社会へと近づいている現在、スマートフォンだけでなくさまざまな電化製品に通信機能が備わるようになってきました。電波干渉はより大きな問題になっています」

無数にある干渉を除去し、欲しい信号を選び取る

――どのような問題解決が可能になるのか、例を挙げてご説明いただけますか?

その一つが「他セルからの干渉除去」です。電波は距離とともに減衰するため、無線通信システムでは一つの基地局がカバーする範囲があり、それを「セル」と呼びます。例えば、10台の端末が1台の基地局に対して信号伝送を行う場合、周辺に展開されるセル数を6とすると、自身のセル内における端末も含めて10×7=70もの信号が到来することになります。図1をご覧ください。基地局が複数あり、その一つに携帯端末がつながります。赤い線が、基地局内でつながっている端末です。青い線は、別の基地局からくる干渉です。

基地局が自身セルの一つの端末からの信号だけ受信したい場合、その他の69の干渉波を除去する必要があります。100素子のアンテナを備えていれば、それらの干渉を除去し、欲しい信号だけを適切に抽出することができます。

この際に問題となっているのが、干渉を含む多くの信号の中から欲しいものだけを選び取る方法です。送信側のアンテナから受信側のアンテナへと、電波は空間(伝搬路)を通ります。伝搬路の情報を把握することで、欲しい信号なのか、または干渉する信号なのかを見極め、干渉する信号を打ち消すのが従来の考え方です。

しかし、自身セルの基地局と、他のセル内にある端末との伝搬路の情報を取得するにはシステム上の制約があり、現在の通信技術の大きな課題となっています。そこで、自身セル内で得られる受信信号だけで干渉信号であることを特定して除去するアルゴリズム(計算処理)考案しました。これにより、いつ、どこから干渉信号が来てもそれを打ち消すことができ、快適な通信が可能になります。端末の数がより増えていくであろう今後の社会においてニーズの高い技術と言えます。

図1

――この研究を応用することで、他にはどのようなことが可能となるのでしょうか?

超多素子アンテナによって解決する可能性がある電波干渉の問題の一つが、端末の移動により生じる干渉信号の増加防止です。端末が移動すると、元いたエリアだけでなく今いるエリア、両方から干渉信号が送られているかのように基地局は判断してしまいます。さらに別の基地局エリアに移動すると、4箇所、5箇所から電波干渉が送られていると捉えてしまいます。これは現在の無線通信における大きな課題の一つです。超多素子アンテナを使えば、干渉信号の出どころを押さえつつ、今後移動する先を予測して干渉を消すことができます。(図2)

図2

実用化が進めば通信業界のルールが変わるかもしれない

――超多素子アンテナの研究に取り組むようになった背景を教えてください。

私は過去にも超多素子アンテナの研究を担当していました。同時に、電波干渉を消すという純粋な研究テーマにも取り組んでいました。この二つの研究を組み合わせたら新しいことができるのではないか。そう思い、より自由度が高いアカデミックの世界へと研究の場を移しました。研究を進めるにつれ、超多素子アンテナにはさまざまな可能性があることを改めて感じています。

――この研究により、社会にどのような影響を与えられるとお考えですか?

現在は特定の周波数帯が国によって通信会社各社に割り当てられています。電波干渉の問題が解決すれば、同じ周波数の中でよりたくさんの端末をつなげることができるはずです。通信会社各社が周波数帯を取り合っている現在の状況が終わるだけでなく、誰でも通信業界に参入できるようになるかもしれません。業界の構図が大きく変わる可能性があります。私個人としては、電波干渉が起きない、快適な通信がいつでも可能な世界になることが理想だと思っています。

超多素子アンテナが得る情報を処理するには巨大なハードウェアが必要です。研究レベルで取り組んでいる機関はありますが、実用化となるとまだまだ先のことになるでしょう。通信の規格はだいたい10年単位で進化します。この数年で5Gが浸透し始め、10年後には6Gが実用化すると言われています。6G、7Gの時代には、超多素子アンテナの技術が実用化されていることを目指して研究を続けていきます。

「ソフトウェア無線機。今後はこれまでに考案した方式について実験的検討も進めていきたいです」

電波から音波、さらには宇宙へ

――今後の目標を教えてください。

今年4月からは新たに東京理科大学の准教授として、独立して研究室を持つ立場になります。学生の教育にも力を入れていきたいですし、将来的には「無線と言えば丸田研究室」と呼ばれるくらいになりたいですね。

また、東京工業大学では自動運転と通信を組み合わせた次世代システムの研究にも取り組んでいました。ここに超多素子アンテナを応用できればと思っています。さらには、今は電波を中心に研究していますが、音波、宇宙、水中など、異なる分野へも挑戦していきたいですね。

KDDI財団の研究助成は3年間という長い期間にわたって支援をいただくことができます。1年間だと無理をしてでも成果を出そうとしてしまいますが、長期間支えていただいたことで、安定して研究に取り組むことができました。得られた成果を基に、さらに研究を発展させていきたいと思います。

「今は基地局側の研究が中心ですが、端末にも多数のアンテナを載せられるようになれば新たな可能性が生まれるかもしれません」
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