プロフィール
早稲田大学理工学術院総合研究所最先端ICT基盤研究所副所長、早稲田大学グローバルソフトウェアエンジニアリング研究所所長、早稲田大学理工学術院基幹理工学部情報理工学科教授、国立情報学研究所客員教授。株式会社システム情報 取締役(監査等委員)。株式会社エクスモーション 社外取締役。1976年生まれ。99年早稲田大学理工学部情報学科卒業、01年同大学院理工学研究科情報科学専攻修士前期課程修了、03年博士後期課程修了、博士(情報科学)。02年同大学助手、04年国立情報学研究所助手。05年総合研究大学院大学助手。07年同研究所助教、および、同大学助教。08年早稲田大学理工学術院准教授、および、国立情報学研究所客員准教授。15年Ecole Polytechnique de Montreal客員滞在。16年早稲田大学教授、国立情報学研究所客員教授。
私たちの日々の暮らしを見えないところで支えているソフトウェア。スマートフォン、PC、家電製品などの身近なものから社会基盤システムまで、あらゆるところに組み込まれています。現代社会に不可欠な存在となっていますが、一度不具合が起きれば、多大な影響を与えてしまう存在でもあります。信頼性の高い高品質なソフトウェアを効率よく開発することが求められています。
ソフトウェア工学研究の第一人者である鷲崎教授は、ソフトウェア資産を部品化して品質を保証し、再利用することで開発を効率化できるようにしたほか、産学連携による人材育成にも尽力され、社会に信頼性の高いソフトウェアシステムを世に送り出すことに貢献されています。
信頼性の高いソフトウェアを
効率的に開発するために
——先生が研究されているソフトウェア工学とは、どのような学問でしょうか。
信頼性が高いソフトウェアを効率的に開発する方法について研究する学問です。ソフトウェアの開発には膨大な時間がかかりますし、製品の高度化が進む一方でソフトウェアに起因するトラブルが増えています。ですから、ソフトウェアの信頼性を向上し、効率的に開発する技術の確立が求められているのです。
——その効率化の手段が、ソフトウェアの再利用ということですね。そもそも先生が、再利用に注力されるようになったきっかけはなんですか。
学生の頃から自分でもプログラムを作っていたのですが、似たような処理や準備に手間がかかるので、楽をしたい!と心底思ったからです。効率化して、もっとクリエイティブなことに時間を割きたいと考えました。また、助手の頃から産業界とお付き合いする中で、事業側でも再利用化のニーズが高いことが分かっていたので、なんとか力になりたいという思いがありました。
ソフトウェアを後から
部品化して再利用する
——実際のところ、ソフトウェアの再利用はどのくらい行われているのでしょうか。
ソフトウェアの再利用は、領域が絞られていれば、50%以上と大部分は可能だと昔から言われてきました。しかし、再利用するためには、開発の段階からあらかじめ再利用を見越して作っておく必要があり、余分に手間やコストがかかります。先の見えない不確実性の高い時代ですから、将来再利用されることを想定して作ることはそうそうありません。そのため、再利用のポテンシャルは発揮されてきませんでした。
そこで、再利用を想定せずに開発されたプログラムや設計図面であっても、後から、プログラム中の依存関係を解析することで再利用可能な範囲を特定し、自動的に部品として抽出して使えるようにしました。ポイントは、「後から」しかも、「自動的」に部品化できるようにしたことです。環境や目的が合えばそのまま部品として新しいソフトウェアに使うことができますし、散らばっているものをまとめて部品にすることも可能になりました。これは直接的な再利用です。
さらに、プログラム自体は再利用できなかったとしても、設計図(モデル)まで遡り、設計の考え方のパターンを再利用することもできます。こちらは抽象度が高い再利用です。ソフトウェア開発は建築から学ぶところがしばしば多いのですが、1970年代に建築家のクリストファー・アレグザンダーが提唱した「パターン・ランゲージ」の考え方がソフトウェアの開発に取り入れられて、1990年代からソフトウェアの設計そのものや開発の進め方がパターン化されるようになりました。街づくりや家づくりにおいて、一つとして同じプロジェクトはありません。似たような問題を同じように、しかしその場の環境にちょうど合うように解決することで、時と場所を超えた普遍的な、しかし画一的ではないちょうどよい心地よさがあるものです。ソフトウェアシステムづくりも同様です。似たような問題を同じように、しかしその環境に合わせて解決できるように、一定の抽象度でパターン化しておくわけです。私は、IoTや機械学習のソフトウェアの骨格にあたる「アーキテクチャパターン」とさらに具体的な「デザインパターン」を精緻に整理して世に発信することで、パターン化を加速化しています。
今後の課題は、プログラムの目的は違っても、たまたま得られた形が同じという可能性もあるので、そのプログラムが作られた背景や経緯、目的をトレースした上で、再利用範囲を特定し、ソフトウェア開発のガイドを作ることです。
ダイナミックに変化するソフトウェア
——先生の研究によってプログラム開発の効率化が進むと良いですね。部品化して再利用する上での問題点はありますか。
品質保証です。部品を再利用する場合は、自分が作ったものではないので、本当に再利用しても大丈夫か、品質を確認することが大切です。部品単位もそうですし、部品を組み合わせた全体の品質も見なければなりません。しかもIoTの時代には、システムとシステムは予期しないところでつながっていきます。
こうなってくると、「正しく作りました。以上!」と作った時点の品質保証だけ、すなわち静的な品質保証はもはや意味をなしません。時代に合わせて求められる品質が変わりますし、AI・機械学習に基づくソフトウェアの振る舞いは環境や得られるデータに応じてダイナミックに変化していきます。変化することが前提にあるので、動的な品質保証が必須になります。データ・ドリブンなアプローチで、ソフトウェアやシステム、サービスの生涯に伴走していくようなイメージです。膨大なデータになるので、もはや人がさばくことは無理でAIにやってもらうことになります。そこで機械学習により、ソフトウェアの品質をデータで改善し、AIが変化する品質の基準を開示していくことを実現しているところです。とはいっても、ブラックボックスのままでは人々に受け入れられません。そこで部品化やパターンの仕組みを組み入れつつ、根拠や不確実性を明確とするようにしてAIシステムの説明性や信頼性、安全性を高める研究もしています。
また、共同研究をしている企業の20製品以上のソフトウェアの品質を多面的に精緻に測定し、それらのデータをもとに、世界初の品質ベンチマークを公開しました。セキュリティ、パフォーマンス、使いやすさ、再利用のしやすさ、変更・修正のしやすさなどを比較でき、自社のソフトウェアのポジショニングが分かるものさしになっています。産業界で参照していただいています。
子どもから社会人まで
DX人材を育成
——先生が社会人を対象とした人材育成にも取り組むのはなぜでしょうか。
超スマート社会を実現するためには、研究においてご説明したAIやIoTを活用し、ビジネスや社会のニーズに応える価値を創造できるDX人財が必要です。そこで2018年に14大学21企業団体の産学連携により、社会人のための人財育成と活躍の場の拡大を目指し「スマートエスイー」を立ち上げました。大学に加えてさまざまな幅広い企業の方に講師を務めていただき、IoTセンサ・通信からAI、ビジネス応用までを半年かけて体系的かつ実践的に学ぶことができます。
通学カリキュラムでは少数精鋭の30名程度が対面で学び、最終的には自分の課題を持ち込んで、マンツーマン指導で修了制作を行います。例えば、学んだことを応用し修了制作の一環として、おしぼりの数をAIがカウントするアプリを開発し、さらなる展開を考えて起業する人がいるなど、既存事業の変革や新事業の構想などで学んだ方々が多方面で活躍されています。
「スマートエスイー」では、MOOC(オンライン講義)も含めると、毎年2〜3万人が学んでいます。これほど多くの人に求められているのは、人生100年、60年働き続ける時代では、働きながら絶えず変化へ適応的であるように必要なことを学び続けてステップアップしなければならないこと。また、コロナ禍で従来の慣習が根本から見直されたことにより、プロセスやビジネスを変えるためにスマートエスイーでの学びが求められているからではないでしょうか。
また、子ども向けのプログラミング学習の教材開発や教育効果の検証を手掛けています。小学校ではプログラミング学習が必修になりましたが、より学びを深められる教材を研究しています。こうして、今の変革を担う人財のみならず、未来の変革を担う人財の育成にも貢献できればと思います。
産学連携と教育と研究のシナジーを図る
——今後の展望をお聞かせください。
一つは、ソフトウェアの部品化再利用や高信頼化をAIによって加速することです。一方でAIのための部品化、AIのための高信頼化のために、技術と技術を融合させていくことも課題です。さらに、DX人財を育成し活躍の場を拡大するために、産学連携と教育と研究のシナジーを図るスマートエスイーコンソーシアムを立ち上げてその活動にも注力していきます。
——KDDI Foundation Awardを受賞されたご感想をお聞かせください。
これまで研究室で取り組んできた卒業生や学生、共同研究関係者、さらには本賞へ推薦してくださった戸川先生ならびに財団他関係各位に御礼申し上げます。ともすると、ソフトウェアの再利用や品質向上というテーマは、地味に見えるかもしれません。しかし実務面では、こうした地味な研究が必要とされています。長年取り組んできたことが受賞という形で評価され、研究の意義を再認識することができました。この分野が注目され、ソフトウェアシステムをベースとしたデジタル変革が求められる時代のむしろ最重要な領域であると捉えられていくきっかけになれば良いと思います。
また人財育成に対する評価については、日本でもようやくリカレント教育が注目されるようになったということと受け止めています。今後、こうした取り組みの枠組みや成果を誰もが使える形でより多くの人にお届けすることに取り組んでいきたいと思います。