対災害エッジコンピューティングの研究

室蘭工業大学 情報電子工学系学科

董 冕雄 とう めんゆう 副学長・教授

2011年3月11日の東日本大震災は、私たちの日常に大きな衝撃を与えました。また同時に、被災地の方々の安否確認、被災状況や救助活動の状況など、改めて通信の重要性を認識する機会にもなりました。地震や津波などの自然災害が発生した時、いかにして命を守り、生活を守るのか。董 冕雄先生のエッジコンピューティング技術を活用した耐災害通信システムについて、ご紹介します。

IoTの技術を使い、災害時につながるネットワークを作る

--先生の研究されているテーマについて教えてください。

大きなくくりで言えば、今流行りのIoTということになります。IoTというのは、例えば、スマートフォンやデジタルカメラなど、小さなデバイスがインターネットでつながって情報を外に発信したり、サービスを提供したりすることです。

私の研究室が一番力を入れているのは、IoTをベースとした耐災害通信ネットワークシステムです。災害が起きた時、既存のインフラを頼らずに通信するためのプラットフォームの研究開発をメインテーマにしています。

--先生は、なぜIoTに興味を持たれたのでしょうか?

なぜということを、深く考えたことはなかったですね(笑)。大学では「情報」という分野を選びましたが、その中でも机上でアルゴリズムを考えるような数学的研究を深めていく分野より、スマートフォンのようにごく身近にあるものに携わる研究に興味が湧いてきたのだと思います。
大学4年生の卒業研究の時期から、主にセンサーで情報ネットワークを組むような研究をして来たのですが、それをずっと続けていたら、今のIoTに至ったというところです。

--では、情報ネットワークの中で、「耐災害」というテーマに目を向けられた理由は?

それは、3.11の東日本大震災です。私はその頃カナダに留学していて、テレビを通じて日本で大変な地震が起きたことを知りました。実は、当時私の両親は宮城県の南三陸町に住んでいたのです。津波の被害で市街地がほぼ全滅の状況でしたから、とにかく両親の安否を知りたかったのですが、電話もインターネットも全然つながらず不安と焦りは募るばかりでした。両親の安否をちゃんと確認ができたのは、3月15日か16日だったと思います。それまでの間、被災地でどんなことが起きているのか、自分の家族がどういう状況なのかがものすごく知りたかった。どんな手段を使ってでも知りたいと思いました。

その経験から、2014年に現職に就いたことを契機に、耐災害というテーマで研究を進めることにしたのです。

「被災地の家族の安否確認ができない、その時の不安や焦りが今の研究を進める大きなきっかけになりました。災害が起きてインフラが壊滅した時に、素早く、かつ軽量、低コストに被災地の方々にインターネットをお届けすることが研究の一つの目標です」と董先生。

既存の情報ネットワークを補完するにはどうすればいいのか

--災害時の情報インフラについてはさまざま様々なに研究も進められていますね。

近年スマートフォンやタブレットなどのモバイルデバイスが普及して、発災当時と比べると耐災害ネットワークの研究も飛躍的に進歩していると思います。ただ、助成事業に申請をした2016年当時、一般的に研究されていたのは、主にモバイルデバイスのみでネットワークが構成され、各デバイスの非力さ(バッテリー寿命、通信・処理能力等)を互いに補いながら、通信経路の確立やメッセージ拡散の効率化を図る「D2D(Device-to- Device)」というものでした。

しかし、D2Dはある程度まとまった数のモバイルデバイスが利用可能な状況を想定したものであり、大規模災害時には多くのデバイスのバッテリーが不足、またはバッテリー節約のために非協力的なデバイスが存在する可能性が極めて高く、本当に災害が起きた時にこの方法だけで対応するには課題が残ります。
そこで、D2Dの耐災害ネットワークにエッジコンピューティング技術を融合し、これまでの欠点を補いつつ新たな価値創生につなげることを考えたのです。

--エッジコンピューティングについて、教えていただけますか?

クラウドコンピューティングという言葉は、皆さんもよく耳にすると思います。インターネットなどの通信ネットワークを通じてデータセンターからサービスを呼び出し、遠隔で利用できるしくみのことで、利用しているという方もたくさんいらっしゃるでしょう。ただ、IoTやAIが進化していくにつれ、データセンターのサーバの負荷が大きくなります。そこで、注目されているのが、エッジコンピューティングです。

エッジには、縁とか端という意味があります。エッジコンピューティングは、文字どおり、情報を処理するサーバをネットワークの周縁部(エッジ)に配置し、それぞれが分散処理することで処理の効率化や高速化を図っていくというものです。

例えば、身近なところでは、部屋に帰ってきたら電気やエアコンが自動でつくようなサービスがありますよね? こうしたサービスも人の行動をAIが情報収集し、処理することで提供されています。でも、センサーが感知した情報を遠方のデータセンターとやりとりするとタイムラグが生まれてしまうので、部屋に置いたエッジサーバが処理をしてくれているというイメージです。

また、クラウドコンピューティングの場合、自然災害などで通信ネットワークが被害を受けると、データセンターのサーバが利用できなくなりますが、エッジコンピューティングの場合なら、図1のように小さなエッジサーバがそれぞれのモバイルデバイスの近くにあるため、通信インフラが被災するリスクを分散することができます。

図1:エッジコンピューティングを適用した耐災害ネットワークのモデル

--先生が進めておられる耐災害システムの概要をお話しいただけますか?

現在、研究開発を進めているのは、図2のような通信ネットワークシステムです。私たちはこのシステムを「天・地・人」と呼んでいます。これは、3つの先端技術である「D2D」「UAV」「LPWAN」を融合したシステムで、自然災害などで通信ネットワークが途絶えたときに、エッジサーバをより迅速に設置できるように考えたものです。

図2:次世代耐災害通信システム「天・地・人」の概略図

--3つの先端技術とのことですか、どのようなものですか?

先ほどお話ししたように、「D2D」はスマートフォンやタブレットなどのモバイルデバイスを利用して、基地局を介さずに素早く通信ネットワークを構成する、いわゆる端末間通信技術です。私たちはKDDI財団の助成を受ける前から耐災害の研究を続けていたのですが、当時は、主にこのD2Dネットワーク、図2の一番内側にある「人」のネットワークの部分だけを研究していました。
「人」のネットワークができると、被災地の中での情報伝達ができるようになります。しかし、D2Dネットワークには限界があり、被災地の外部とのコミュニケーションをとることができません。例えば、東日本大震災の時の私のように、外部からは被災地にいる家族の安否確認をしたくてもできないわけです。では、それをどうやって外に広げていくかというのが次のステップで、私たちはここをエッジコンピューティングの技術でつなごうと考えたのです。これが「地」のネットワークの部分です。

前述の「UAV(Unmanned aerial vehicle)」というのは無人航空機のことで、その代表例がドローンです。ただ、ドローンを飛ばしただけでは被災地から外部に情報発信を拡大していくことはできません。そこをつなぐのがエッジコンピューティングの技術です。今回は、ドローンをエッジサーバとして導入しました。ドローンは可動性が高く、災害で簡単に立ち入れないような地域でも活かすことができます。この「地」のネットワークが、「人」のネットワークと「天」のネットワークを中継するような役割を果たしています。

--エッジコンピューティングの技術は、どのように役立てられているのでしょうか?

例えば、ドローンに搭載されているカメラの映像や画像をもとに、人や建物を認識するための画像処理やドローンの飛行制御などを行うには、AIによる莫大な量の計算が必要になります。普通の大きなサーバでこの作業を行うなら問題はないのですが、ドローンには滞空時間やバッテリーといった制限があります。具体的には、2019年に実施した実証実験で、実際に使用したドローンでは滞空時間20分、さらに気温が低い状態では滞空時間10分ほどしかバッテリーがもちませんでした。通常のAIの計算作業をドローンで行うことは、現実的とは言えません。エッジコンピューティングの技術を適用し、軽量かつ正確に計算処理できるように工夫していく必要があります。軽量化と正確度はトレードオフの関係ですから、チャレンジングな課題の一つです。

--ドローンをエッジコンピュータ化し、分散処理できる形をとりながら「天」のネットワークにつないでいくのですね?

そうです。そして、「人」と「地」の情報をさらに外へと伝達するのが「天」のネットワーク部分です。
「LPWAN(Low Power Wide Area Networks)」というのは、IoT機器向けの通信ネットワークです。これを導入することで、低消費電力で広域通信を可能にしています。一般的な携帯電話の基地局は半径3~6km程度のエリアをカバーするのに対し、LPWANは約10kmもの長距離通信を実現できます。省電力のため通信容量が大きくないという課題はありますが、緊急メッセージの送受信は十分できますし、災害発生後の電力不足の環境にも対応できるのは大きなメリットだと思います。

--LPWANは、実際、どんなところに使われているものですか?

わかりやすい例でお話しすると、寒い時期に石油ストーブを使う方も多いと思いますが、ストープを使うには燃料となる灯油が必要ですよね。室蘭工業大学のある北海道では、冬の灯油の消費量が多いため、家の外に灯油タンクを設置して、常に燃料が供給されるようにしているのが一般的です。
そこで、各家庭に灯油を配達する会社としては、どのタイミングで配達に行けばよいかを見極めるのがとても重要になってきます。なぜなら、頻繁に配達に行くと灯油が切れることはないけれども、配達コストがかかります。反対に、行く回数を減らせばコストは削減できますが、万が一灯油が切れると凍死されるかもしれません。そこで、LPWANの技術を使って灯油の配達を管理するわけです。灯油タンクにIoTのデバイスを設置し、灯油の残量が少なくなってきたらLPWAN経由で配達センターに情報が通知され、灯油を配達に行くしくみになっています。

LPWANは省電力で利用できるので、灯油タンクの残量を管理するだけなら1、2年は電池交換をせずに使うことができます。ただ、前述したようにLPWANは省電力だけあって、大容量の情報が送れませんし、ネットワークのスピードも速くはありません。だからこそ、少ないエネルギーで広域の通信ができるわけです。

--少ない情報でも広域で使えることが、耐災害に貢献できるということですか?

例えば、LPWANで安否確認をするとしたら、「無事である・無事でない」が伝えられるレベルです。ただ、家族や友だちの無事がわかれば、遠方にいる人はとりあえず一安心できるわけですから、まずはLPWANで実験してみようと考えました。

「2018年の北海道胆振東部地震のように、災害時には大規模な停電が発生する可能性が非常に高いと思われます。ネットワークの実用性を向上させるためには、電源が十分に確保できない状況も考慮しなければなりません」と、董先生はネットワーク省エネ化の必要性を話す。

「天・地・人」のネットワークの実用化に向けた実験

--助成期間中には、どのようなことが行われたのでしょうか?

それまでの私たちは、「研究を進め、その成果を論文にまとめる」という作業を続けていたのですが、次のステップとして、実際に目に見える形にしていくことを考えました。最初にお話ししたように、実際のデバイスに触れるような研究をしたかったということもありますが、やはり耐災害ネットワークは実際に使えなければ意味がありません。普通のシステムよりももっとシビアでなければいけないという思いもありました。

そこで、プロトタイプシステムを開発し、実際に自治体主催の防災訓練に参加させていただくことにしました。自律的に被災者を捜索するアプリケーションを開発し、エッジサーバ(ドローン)に実装して実験に臨みました。これが3年間の助成期間の中でもっとも印象に残った出来事です。何しろ私たち研究グループにとっては、初めてのリアルな経験でしたから。

図3:ドローンとスマートフォンを用いた実証実験の内容

--実際に実証実験を行ってみて、何か発見はありましたか?

助成期間に北海道の登別と紋別で実証実験を行ったのですが、頭の中で「こういうふうにすれば、うまくいくはずだ」と描いていたイメージと実際の実験結果には、大きなギャップがありました。
登別では7月に、紋別では10月に実験を行いました。紋別では朝の6時頃にドローンを飛ばしたのですが、北海道北東部の10月はすでに氷点下近くまで冷え込みます。ものすごく寒いため、ドローンの飛行状態や滞空時間にも影響がありました。北海道中南部に位置する登別とは全く結果が違い、非常に勉強になりました。

私は、これまで学生たちに、「研究した成果をまとめ、たとえ採択されなかったとしても論文を投稿することが大事で、論文を投稿するかしないかの間には、1光年分くらいの差がある」と話してきました。とにかく研究成果を出すことに意義があるということです。しかし、実証実験を行ってからは、「単に提案技術を研究論文にすることと、実際に提案技術を実装し実験を行うことの間にも、さらに1光年分の差がある」と実感しました。実験するかしないかの間には、とても大きな開きがあるのです。

--いろいろな気づきや学びがあったわけですね。

そうですね。実はこんな学びもありました。紋別の防災訓練に参加させていただいた時、現地に向かう途中で学生が肝心のエッジコンピューティングを積み忘れていることがわかったのです。室蘭の大学から紋別までは高速を使って6時間くらいかかります。旭川まで約5時間走った時点で忘れ物に気づいたわけですが、仕方なく一部の学生が大学まで戻り、ドローンを積み直して紋別に運びました。もともと早めに着く予定にしていたので、実施時間には間に合いましたが、忘れられないアクシデントでした。
私の研究室はこれまで実証実験の経験がありませんでしたから、持ち物のチェックリストを作ったこともありませんでした。この忘れ物事件があってからは、出る前にチェックリストを確認するよう、学生たちに繰り返し声をかけるようになりました(笑)。

エッジサーバを搭載したドローンを前に、学生たちと実証実験の成果を振り返る。「論文を出すか出さないかには1光年分の差があるし、実証実験をするかしないかにも1光年分の差があります。実験を通して痛感しました」と董先生。

被災地と外部がさらに円滑にコミュニケーションを図れるように

--この「天・地・人」のネットワークは、今後どのように進化していくのでしょう?

「天」のネットワークの部分はLPWANの技術を使っているため、現状は小さなメッセージしか送ることができません。安否確認はできますが、まだ課題もあると思っています。その部分を、被災地と外部が電話で会話できるとか、オンラインで会話できるように、今、技術の改良に取り組んでいるところです。

また、もう一つは人口知能をIoTネットワークでどう支えていくかも考えていきたいと思っています。今の時代、AIが担う社会的な役割はどんどん大きくなっていて、それは今後もさらに進んでいくでしょう。その時に、私たちの研究するIoT技術が担える役割もあると思っています。例えば、AIが力を発揮するには情報源の収集、インプットは非常に重要で、その部分では私たちのIoT技術が大きな支えになるはずです。

これまでに得られた知見を生かし、医療・教育・介護・行政といったさまざまな場面で、人々の生活を支える社会インフラの研究開発へと広げていくことができればと思っています。

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