プロフィール
1986年、大阪大学基礎工学部情報工学科卒。1993年、米国コロラド大学コンピュータサイエンス学科にて博士号取得。1995年、奈良先端科学技術大学 情報科学研究科 客員助教授。2002年、東京大学先端科学技術研究センター 特任教授。2012年、(株)SRA先端技術研究所 所長、2013年京都大学 デザイン学リーディング大学院 特任教授。2019年より現職。専門は、ヒューマンコンピュータインタラクション、人工知能、ソフトウェア工学、デザイン学、認知科学。特に知的創造作業のためのナレッジインタラクションデザインに関する研究、創発を促すデータ表現、相互触発を介した知識共創、物理世界とデジタルな表現が融合するMR(複合世界)環境とのインタラクション等のプロジェクトに従事。
KDDI財団の審査委員として助成・表彰事業の候補者を評価していただいている、公立はこだて未来大学の中小路教授に、ご自身の研究の内容やKDDI財団の助成・表彰事業への思いや期待などをお話しいただきました。
人と情報技術の相互作用から
新たな体験や知を作り出す
――中小路教授が研究されているのは、どのようなことでしょうか。
私が研究をしているのは、情報科学の中でも「ヒューマンコンピュータインタラクション」という分野になります。この言葉が用いられるようになったのは、1990年代後半からですが、私が所属していた研究グループでは、1980年代から「ヒューマンコンピュータコミュニケーション」という形で研究を続けていました。システムが人に対して何をどのような順番で示せばよいのか、人がどんなことをできるようにすればよいのかという、人とコンピュータのやりとり(インタラクション)の部分になります。
1980年代後半に、「人の在りようはこうなので、それに合わせて技術を作りましょう」という「人間中心設計」がヨーロッパから広まりました。ただ、ここで考えなければいけないのは、人には、道具や情報、環境などに(自覚なく)慣れていったりそれに合わせてしまったりする性質があることです。例えば、マイクロソフトのワードやパワーポイントを使って文字を書いている時、多くの人は、文字がフォーマットの枠からはみ出さないようにしよう、書式にきれいに収まるように書こうと、知らず知らずに自分の行動を変えていきます。
このように、人に合わせてシステムを作ったところで、作ったシステムに合わせて人が変わってしまうという、相互作用の関係が生まれるのです。
――互いが影響し合っているのですね。
道具や情報、環境に合わせて変化する「人」の世界と、それに合わせて新たなものを作り出していく「情報技術」の世界。その組み合わせによって1つの「系」ができあがります。この「系」は、時間によって変化していきます。一方で人はシステムにとして作られたものに慣れていき、他方で人が作業した結果は情報としてシステムに蓄積されていきます(昨今の人工知能における機械学習などもそのひとつです)。人と情報技術を「系」として捉えることで、両方がより賢くなっていくわけです。
例えば学習支援システムの場合、何をどういう順序で、どのように人に見せればうまくいくかを考えますが、人には個別の考え方や感じ方、社会的特性などがあります。これは認知科学と呼ばれる領域となりますが、そこでわかることを踏まえ、ユーザーインタフェースを含めたシステムのあり方を考えることになります。
――実際に、研究室ではどのようなことをされているのですか。
実際にインタラクティブなシステムやアプリケーションをデザインし、それを体験できるように実装した上で、それを使う人がどう変わるのかを観察実験しています。最近、学部の学生たちが、楽しく歌詞に浸りたいという話から、音楽を聴きながら歌詞がMR(Mixed Reality・複合現実)の中に飛んでくるようなシステムを作りました。
透過型のゴーグルをつけると、曲の進行に合わせて現実の中に歌詞が現れるのですが、現れ方によってすごく楽しかったり、それほどでもなかったりの違いが出てきます。また、お気に入りの曲かそうでないかでも違いがあるように思います。なぜ、そのような違いが出てくるのかを探求することが研究テーマの1つとなります。難しいですが、その理(ことわり)がわかるととても面白くなるのです。
また、楽しい理由が解明できれば、それを原則やガイドラインとして構築することで、次に文字と身体性のシステムやアプリを開発する際に役立てることができます。もっと良いシステム、さらに良いアプリを作ることにつながります。
――可能性は無限に広がっていきますね。
それだけに、先のことまでを考えた上でシステムを考えることが重要となります。
システムのインタラクションをデザインする際の視座について説明する時には、例えとしてよく「ロボット馬」の話をします。「馬車で荷物を運んでるんだけど馬がよく面倒を起こして困る」という「馬の問題」として捉えると、では「ロボット馬を作ろう」と考えることになります。しかし、「荷物を運ぶなら、そもそも馬車よりトラックがいいんじゃないか」という、どこを「問題」として切り取って考えるのかという話です。さらに、「じゃあトラックを作ろう」ということで導入した結果として起こる事柄についても、その後日談として説明しています。
馬車での運搬をトラックに置き換えると、トラックの台数が増え、みんなが勝手に走れば交通事故が起こりやすくなります。そこで事故を防ぐために交通ルールを作ったり、信号をつけたり、免許証が必要になったりします。また、1日中トラックに乗っていると、運動不足で太ってしまうとも考えられます。ダイエットのためにスポーツジムに通ったりする未来があり得る、といったことも想像した上で、システムをデザインしていくことが大切だと考えています。
――今後、どのようなことに取り組まれるのでしょうか。
ノーベル経済学賞受賞者であり、人工知能のパイオニアと言われているハーバート・サイモンは、「デザインは人工物の科学である」と言っています。私も、デザインはグラフィックやファッションといった事柄に限らず、もっと広い意味での「人工物」(ひとが作りだすものごとや現象)のあり方を探求するものだと捉えています。
京都大学では、そのような考え方も含むデザイン学の理論や実践を教えていたのですが、学生に向けたカリキュラムを考えていた時、カリキュラムを考えること自体がデザインだと思いました。どの順序で何を教えていくかを、10年後、20年後の彼らの姿に思いを馳せながら内容を作っていく作業は、とても興味深いものでした。
2019年に公立はこだて未来大学に移ってからは、「大学」という組織も同じく人工物として、大学のありようにも興味が湧いてきました。これまではコンピュータを対象に20年、30年と研究を続けてきましたが、これからは、さらに広い意味での人工物のインタラクションに取り組むのも面白そうだと思っています。
応援を届けたい相手に
しっかりリーチできる仕組みを
――KDDI財団の助成・表彰事業の審査委員をされています。審査の際に特に注目するのは、どのようなところですか?
情報科学の分野で審査員などをお手伝いすることは多いのですが、KDDI財団の場合、情報系ではない研究もたくさん出てくるため、私自身勉強になっています。その分野に詳しくない場合でも、その調査・研究をどんなところにつなげていこうとしているのか、説明に「理」が通っているかどうかは大事にしています。
若手の研究者で、まだ論文をあまり出していないという方でも、しっかり道筋が考えられていればいい研究につながると思いますし、その方自身もよい研究者になるだろうと期待できます。
――KDDI財団の助成・表彰事業について、印象に残っているエピソードなどがありますでしょうか。
一般のNPOの活動などを支援するための審査もさせていただきます。提案書を読みながら、KDDI財団に申請した方はごく一部の方たちで、この助成制度を知らない団体はどうしているのだろうかと考えることがあります。
アメリカの友人たちは、歳を重ねるにつれて寄付や社会貢献に力を入れるようになりますが、日本ではまだ少ないように感じています。KDDI財団の助成は、日本の社会に社会貢献を浸透させていく足掛かりとなっていくようで素晴らしいと思います。
――今後のKDDI財団の助成・表彰事業に、どのようなことを期待されますか。
個人的な感覚としては、KDDI財団の助成・表彰事業についてはまだあまり広く知られていないような印象があります。ただ、宣伝して認知度を上げるというのも違うように感じます。国などが行う助成事業であれば、選定基準はフェアであることが必要です。しかし、私的財団で行っている事業ですから、もっと「こういう未来を創りたい」という思想のもとに、資金を出す側から応援したい対象にリーチしていくという方法もあるのではないでしょうか。
アメリカには、アメリカ国立科学財団(NSF)という研究支援を行う公的機関がありますが、助成をする側(プログラムディレクターやプログラムオフィサー)が、一人ひとりの研究者に会いに行き、話し合いをした上で公募を行うことがよくあります。日本の場合、こういうプロセスはフェアではないとする風潮があるように思うのですが、事前にきちんと目指すものを共有した上で募集をするほうが、効率的だと思います。
KDDI財団では、応援を届けたい相手にどうリーチしていくのか。公共の助成事業では届かないようなところにこそ、届けていただきたいという気持ちがあります。