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アプリを活用した買い物嗜癖の支援的研究

理化学研究所脳神経科学研究センター・親和性社会行動研究チーム 研究員
(現)川村学園女子大学教育学部・幼児教育学科 講師

白石 優子 しらいし ゆうこ

買い物に出かけると、つい欲しくなって買ってしまう。多くの方がこうした行動に覚えがあると思います。ただ、それが行き過ぎると経済的な破綻をきたし、家族、特に子どもたちの生活に大きな影響を及ぼします。白石優子先生の研究は、子どもの発達に重きを置きながら、そこに関わる養育者との関係や養育者の抱える問題にも着目するものです。今回の助成対象となった買い物嗜癖(買い物依存症)の支援というテーマについて、その調査・研究に至った経緯や今後の展開についてお聞きしました。

子どもの発達上の問題を
養育者支援の立場から考える

――白石先生の研究されている分野について教えてください。

分野としては、臨床発達心理学になります。発達心理学というのは、人が生きていく過程で心と体をどう変化させていくのかを研究する学問です。以前は、子どもの成長・発達を対象とした研究が中心でしたが、生涯発達という観点では、大人になり、高齢期の心や体の変化までも発達心理学の範囲になります。臨床発達心理学は、こうした心理学を臨床の現場に応用し、発達過程で発生する問題の解決に役立てようというものです。

その中で私が研究対象としているのは、子どもとその養育者である親世代です。例えば、子どもたちがどんなふうに社会性を身につけ、どの段階でどのような概念を理解していくのかという子どもの発達心理学の部分です。また、虐待を受けて育った養育者の子育てや子育てがうまくいかない養育者の臨床研究も行っています。ですから、テーマとしては、親子関係、子育てのスキル、子どもの虐待に関すること、アロペアレンティング(親以外の人が関わる養育)などが主なものになります。

――お子さんの発達段階を見ながら、そこに関わってくる保護者や周囲の人たちの関わり合いまでを含めて研究テーマとされているのですね。そもそも、なぜこの分野に興味を持たれたのでしょうか。

私には12歳年下の妹がいます。赤ちゃんだった彼女のとった行動が面白く、興味を持ったことが最初でした。妹が2歳か1歳半くらい、私が中学1年生の頃のことです。妹はまだ言葉を話すこともできないのに、洗濯物を見るとどれが誰のものか、どこに持っていくのかがわかっていました。よちよちと運ぶ手伝いをしてくれる彼女の様子を見ながら、将来は子どもに関する仕事がしてみたいなと思ったのです。

また、子どもの虐待やネグレクトといった社会の負の側面に目が向いたのは、私自身が親との関係がうまくいかずに悩んでいたことがあったからです。どうすればうまくつきあえるのか、その気持ちから親子関係の負の側面への関心が大きくなっていきました。

――中学生の頃から抱いていた興味が、理化学研究所のプロジェクト参加の背景にあったのですね。

子どもの発達上の問題や親子関係に関心はあったものの、それを深く研究していけるような環境はなかなかありませんでした。虐待する親を調査するというのは、倫理的に難しいところがありますし、養育者全体で見れば虐待に至る親たちはごく少数なのです。

そんな時に、理化学研究所 脳科学総合研究センターの黒田研究室で哺乳類の親子関係の脳内機構を研究していることを知り、研究室を訪ねて人の親子関係に興味があることをお話ししたところ、研修生として迎えていただくことができました。

そして、科学技術振興機構 社会技術開発研究センターの「養育者支援によって子どもの虐待を提言するシステム構築」プロジェクトに参加させていただいたのです。

子どもへの虐待に至った養育者を調査してみると、ギャンブル、買い物、性依存などの行動嗜癖、アルコールや薬物などの依存症、抑うつ、不眠、貧困、ドメスティックバイオレンスの被害や加害、被虐待経験など、複数の問題が同時に生じている事例が散見されました。しかも、こうした問題は家族の秘密として表に出にくく、個人の意識や努力の問題とする風潮も根強くあります。そのため、支援も届きにくいのです。子どもの虐待やドメスティックバイオレンスといった社会の課題を解決するためにも、個々の問題のメカニズムを理解し、支援の方策を検討する必要があると考えました。

理化学研究所脳神経科学研究センター・親和性社会行動研究チーム 客員研究員 白石 優子 氏
「行動嗜癖とは、ギャンブルやインターネット、ゲーム、セックス、暴力等を衝動的に、過剰に繰り返してしまう状態です。一般には依存症という言い方もされています。買い物嗜癖もこれらと共通するものがあるのですが、個人の性格の問題として見過ごされ、治療や支援の対象として認識されてきませんでした」

買い物嗜癖から
社会の課題解決にアプローチする

――今回の調査・研究としては、買い物嗜癖の人を対象としています。買い物を取り上げられたのはなぜでしょうか。

前述の「養育者支援によって子どもの虐待を提言するシステム構築」プロジェクトで、子どもへの虐待で服役することになった受刑者にアンケートを実施したところ、その中に、その人が抱えている最大の問題が買い物や金銭管理の問題だと思われる人がいたのです。その人とやりとりをするうちに、買い物依存のような行動嗜癖の支援が自分のやってみたいテーマかもしれないと思うようになりました。

買い物嗜癖は、ギャンブルやゲームのような行動嗜癖に比べて研究が遅れています。ギャンブルなどのほうが、その深刻さがわかりやすいということなのでしょうが、買い物嗜癖も経済的な破綻となれば深刻な問題です。例えば、子ども手当や子どものアルバイト代、奨学金まで親が搾取するような経済的虐待が隠れていることも考えられます。

依存症というと、ダメな人、弱い人、だらしない人などと捉えられがちですが、これを病気として理解することで関わり方や治療と結びついていくのだと思います。今回の買い物嗜癖の研究結果がさまざまな行動嗜癖とも結びついて、社会の問題解決に役立てられればと思っています。

――実際に実施された調査・研究はどのようなものだったのですか。

まず、調査対象者として、買い物嗜癖によって経済的破綻を経験した人(A)、買い物嗜癖傾向や金銭管理の不得手を自覚しているけれど深刻な状況ではない人(B)、金銭管理に問題のない人(C)という3つのグループを作るために、研究チームのホームページやSNS、チラシポスティング、自助グループなどを通して募集を行いました。その結果、106人に調査に参加していただくことができました。

そして、今回行ったのは、大きく3種類の調査になります。

1つ目は、参加者全員を対象とした質問紙による調査です。内容は、現在の生活満足度のほか、社会経済状況、生育歴、買い物の傾向や光熱費の滞納などの経験まで、広範囲にわたって質問していました。

理化学研究所脳神経科学研究センター・親和性社会行動研究チーム 客員研究員 白石 優子 氏
「調査を始める前に、買い物嗜癖の自助グループのミーティングに通い、ひたすら話を聞きました。質問紙には、フィールドで出会ったさまざまな方たちの声が生かされることを意識し、オリジナルの質問も作成しました」

2つ目は、一部の人を対象に「コグニトラックス」という検査ツールを用いて、認知機能を調べました。例えば、アルファベットが順番に画面に表示され、「B」が表示された時だけキーボードのボタンを押すなどの課題に取り組んでいただきます。記憶力や注意力、認知症の傾向、抑うつとの関係などを調べることができます。また、コグニトラックスは広く臨床で使われているため、年齢ごとに標準化されたスコアを得ることができます。そのため、今回の調査対象者たちがどのくらいの位置に分布しているのかがわかり、傾向が捉えやすいのです。

そして3つ目は、生活活動記録と身体活動計測です。こちらも一部の対象者に約2週間×2クールで協力していただきました。調査期間中は毎日2時間おきに6、7回程度のメールでその時の気分をたずねます。また、買い物直後にはそのレシートをスマートフォンで撮ってアップロードしていただき、その時の気分をたずねるようにしました。調査期間中、対象者はスマートウォッチを腕につけ、睡眠や心拍のデータも記録してもらいました。これによって買い物嗜癖に困っている人たちの生活や生理的特徴を考慮することができると考えました。

実際の調査で使用した質問紙
実際の調査で使用した質問紙。生活満足度、経済状況、抑うつ尺度、逆境的小児期体験、逆境的小児期体験(経済的虐待関連項目)などを調査。
実際に使用したスマートウォッチ
生活・買い物記録と身体活動計測で、実際に使用したスマートウォッチ。
理化学研究所脳神経科学研究センター・親和性社会行動研究チーム 客員研究員 白石 優子 氏
当初予定していた調査・研究のスケジュール。MRI測定も予定していたが、コロナ禍で取りやめざるをえなかった。そこで質問紙の内容を当初の予定より厚くして、より多くのデータを得るようにした。

――調査・研究を通して、何か印象に残ったエピソードなどはありますか?

私自身、買い物嗜癖に対して偏見を持っていたことに気づかされました。買い物行動に問題がある、経済的に破綻しているというと、お金やものに対してだらしないのかなと思うところがあったのですが、今回の調査に協力してくださった人たちは、皆さんとても真面目で、遅刻もなく貸与したスマートウォッチもきちんと返却してくれる人ばかりでした。

また、買い物嗜癖というと、ブランドバッグを買い込んだり、ホストクラブにお金をつぎ込んだりするイメージがあると思うのですが、実際はそういう人ばかりではないのです。例えば、読み切れないほど本を大量購入してしまう、使わないTシャツを買い集めてしまうなど、買う瞬間にはどうしても必要だと感じたり、それを買うことによって自分がよくなるようなイメージを持ったりして、一見不要な買い物をやめられない人もいます。経済的に破綻していなければ買ってもいいのかもしれませんが、買い物のことで頭がいっぱいになっていたり、本人がそのことに苦しんでいたりするなら、それはやはり依存症としての治療や支援が必要だと思います。

理化学研究所脳神経科学研究センター・親和性社会行動研究チーム 客員研究員 白石 優子 氏
「依存症の自助グループで、『買い物依存症の人は、1日借金をしないで過ごしなさい』と教わりました。クレジットカードもある意味借金と同じですから、試しにクレジットカードをデビットカードに切り替えてみたのです。すると、以前よりもお金に対する不安感が薄らいだと感じました。自分自身の心の変化も面白かったですね」

人の可塑性を信じ、そのための情報や
支援策を提供していく

――今回の調査・研究からどのようなことがわかったでしょうか?

質問紙の結果を、買い物嗜癖によって経済的破綻を経験した人(A)、買い物嗜癖傾向や金銭管理の不得手を自覚しているけれど深刻な状況ではない人(B)、金銭管理に問題のない人(C)の3つのグループに分け、それぞれの違いを見ていきました。

すると、(A)と(B) の人は(C)の人に比べて生活満足度、抑うつ傾向、小児期に虐待を受けた経験等の多くに差が見られました。一方、学校でのお金に関する教育の機会については差が出ませんでした。これは、教育をしても意味がないということではなく、全体的にお金に関する教育の機会が少ないということだと考えられます。

理化学研究所脳神経科学研究センター・親和性社会行動研究チーム 客員研究員 白石 優子 氏
(A)・(B)・(C)それぞれの対象者を高リスク・低リスク・一般とし、さまざまな尺度で比較。それぞれに差異が見られた。例えば、生活満足度は、一般と低リスクは高い値を示すが、高リスクはかなり低い値となる。また、虐待の有無については低リスク、高リスク共に、一般よりも高い数値を示している。

また、認知機能検査や普段の気分と経済活動問題にどのような関係があるのか、現在はそれぞれのグループの共通点、相違点などを分析しているところです。買い物嗜癖の人の気分・認知・行動的特性の傾向を読み解くことは、買い物嗜癖で悩む人の治療や支援を考える上で役立ちますし、他の行動嗜癖の理解にもつながっていくと考えています。

――ご自身の研究を、今後どのように展開したいとお考えですか?

私はもともと子どもの研究から出発しているので、買い物嗜癖の問題も、それを回避するには子ども時代にどのような経験をするといいのか、どのようなお金の教育が必要なのかについても研究していきたいと考えています。

また、買い物嗜癖の研究だけにとどまらず、行動嗜癖で困っている人たちが健康に、元気に過ごせるような支援にも興味があります。人間の脳には可塑性があります。いまは嗜癖に苦しんでいても、それを変えられる力も一人一人が持っているのだと思います。

現在は、お子さんとのかかわりにちょっと困っているというお父さんたちを対象に、オンラインのペアレントトレーニングを行なっています。親子で遊んでいただく場面で、セラピストがコーチングをするのですが、3ヶ月ほどのトレーニングを通してふたりの関係がぐんぐん変わっていくのが目に見えます。トレーニングの前後で、子どもに対する感受性がどう変わるのかを実験的に調べています。これからも、人間が健康的に、本人が満足できるように変われることをお手伝いできるような研究を続けていければと思っています。

理化学研究所脳神経科学研究センター・親和性社会行動研究チーム 客員研究員 白石 優子 氏
「人間は変われます。今は依存症で辛いと感じている人でも、より生きやすい自分と出会える時が来ると思います。そういう人たちの役に立つ情報を提供したいですね。」

チャレンジングな研究への応援に
感謝しています

KDDI財団の助成を受けられて「ありがたかった」というのが率直な感想です。私自身、買い物嗜癖に関する研究の実績がなく、このようなチャレンジングな研究を助成対象としていただけたことに感謝しています。

また、期間も1年から3年までの年数が選べ、若手1人で実施する研究には十分な金額をいただいたと思っています。コロナ禍で途中、調査内容の変更を余儀なくされた部分もありましたが、その点も柔軟に考慮していただき、大変助かりました。

とても印象に残っているのは、私の助成期間の開始時が、ちょうどKDDI財団の創立10周年というタイミングだったことです。記念のセレモニーに呼んでいただいて、さまざまな研究者の方とお会いすることができましたし、KDDI Foundation Awardを当時、私が当時所属していた理化学研究所の杉山将先生(革新知能統合研究センターセンター長)が受賞されたことも、華やかで幸先の良い形で研究のスタートを切れたと感じました。

研究はまだ途中段階ですが、今回得られたデータを活かしながら、買い物嗜癖のさまざまな要因の関係を明らかにし、エビデンスに基づく支援策を考えていきたいと思っています。

慶應義塾大学理工学部電気情報工学科 眞田 幸俊 教授
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