自動運転用オープンソースソフトウェア“Autoware”の開発

株式会社ティアフォー 代表取締役社長 CEO

加藤 真平 かとう しんぺい

プロフィール

2008年 慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了。2009年 カーネギーメロン大学、2011年 カリフォルニア大学の研究員を務める。2013年 名古屋大学大学院情報科学研究科准教授に着任。在任中に自動運転ソフトウェア「Autoware」を開発し、オープンソースとして全世界に公開。2015年 株式会社ティアフォー創業。2016年 東京大学准教授に着任(2023年4月より特任准教授)。2018年 国際業界団体「The Autoware Foundation」を設立、理事長に就任。

日本では、2023年に「レベル4」の自動運転車が公道を走るサービスが開始されています。レベル4は、特定条件の下、自動運転システムがドライバーに代わりすべての運転を行う技術で、人口減少における地方部での公共交通問題や物流・運送業界の「2024年問題」など、社会的課題を解決する手段として自動車の完全自動運転化が期待されています。

加藤氏は、オペレーティングシステムや組み込みリアルタイムシステムに関する学術分野で卓越した研究成果をあげ、その知見を自動運転システムに応用し、オープンソースソフトウェア「Autoware」を開発。そして、自らスタートアップを起業し、自動車業界や地域公共交通を支える存在として活躍されています。

学術研究の成果と時代の要請が結びつき、
自動運転技術の開発に取り組む

――先生の研究分野について教えてください。

私の専門分野は、OS(オペレーティングシステム)を中心としたコンピュータサイエンスです。私の学生時代は、ちょうどGAFAが台頭してきた頃で、独自のOS技術で急成長を遂げており、OSの研究は将来的に必ず役に立つと考えていました。OSはコンピュータを動作させる基本であり、新しい情報通信システムを開発する上で必要不可欠な存在です。

――OS研究から自動運転技術に取り組むようになった経緯は?

渡米前は、ヒューマノイドロボットの研究に取り組んでいました。しかし、この分野をどう産業と結びつけていくかを考えていた時期に、アメリカで自動運転技術に触れ、この分野であれば自分の研究が社会に貢献できるのではと考えました。

自動運転もヒューマノイドも、車輪と二足歩行という違いはあるものの、認知、判断、操作の基本的な仕組みはほぼ同じです。そのため、帰国後は自動運転システムへの応用を見据えたOS研究に取り組みました。

株式会社ティアフォー 代表取締役社長 CEO  加藤 真平 氏
「Autowareは最先端技術ではなく、その時代の一番優れている技術を採用しています。最先端技術には動作する・しないという実験的な要素が入ってしまうためです」

自動運転技術の基本を集約した
オープンソースソフトウェア「Autoware」

――ご研究の成果から「Autoware」を開発されたのですね。

自分が取り組んできたOS研究の価値を証明するには、研究成果を実際に応用して自動運転システムを開発する必要がありました。そこで、当時のベストプラクティスを用いて自ら作り上げたものが「Autoware」です。

Autowareは、Linux※1とROS※2をベースとした、世界初のオープンソースの⾃動運転ソフトウェアです。自動運転システムは、3Dマップやセンサー情報などをもとに車両位置や環境を認知し、収集した情報などから走行経路を判断、全走行の操作までを行います。Autowareも、自動運転の認知、判断、操作に必要な機能が揃っており、自動運転を実現するためのプラットフォームとして活用されています。

※1 Linux: OS開発やサーバ構築のベースとして使われるオープンソースのOS。

※2 ROS: Robot Operating Systemのこと。ロボット用ソフトウェアの開発に必要なOS。

――「Autoware」をオープンソースにされたのはなぜですか?

理由の一つは学術的な目的です。研究において、優れたアイデアや方程式を発見したとしても、それが広く伝わらなければ誰からも評価が得られません。研究論文はサイテーション(citation)といって他の研究者に引用されることで評価が高まります。Autowareをオープンソースにすることで、同じ分野の研究者や学生、企業が自由に利用することができるようになります。広く知られることが自分の研究価値を評価するツールになり、さらに多くの人が利用することにより結果的に学術的な価値も高まります。

また、もう一つの理由として、自動運転に後発で参入した企業にとって、オープンソースが非常に有効な手段であることがあげられます。巨大企業は莫大な資本と時間をかけて技術開発が可能ですが、後発企業が1社でこれを超えることはできないでしょう。しかし、多くの研究者や企業の利用により継続的に開発が進むオープンソースのプラットフォームを提供できれば、開発費や時間を抑えることができます。

例として、Windowsに対するLinuxやiOSに対するAndroidも、後発のOSはいずれも無料のオープンソースを提供しており、企業や研究者はそれらを利用して、新たなシステムを開発しています。すでにベースとなる部分は完成しているため、開発費を抑えながら、効率良く開発を進めることが可能となるのです。

Autowareも同様に、利用者はオープンソースソフトウェアをベースに自由に研究開発を進めることができます。さらに、その過程で得られた成果がフィードバックされることにより、AutowareのOS自体も進化させていくことが可能です。このように利用者と技術が成長していく仕組みが、自動運転ビジネスを展開していく道だと考えています。

――Autowareは、すでに多くの研究者や企業に利用されています。

Autowareのコミュニティは世界中に拡大し、オープンソースの人気の指標となるGitHubリポジトリの「Star(スター)」の数は1万近くまでを獲得しています。この数値は、日本から発信しているソフトウェアの中ではトップクラスです。AndroidのStar数が4万ですから、国際的な評価を得ていると感じています。

株式会社ティアフォー 代表取締役社長 CEO  加藤 真平 氏
「『早く行きたければ一人で行きましょう。遠くに行きたければみんなで行きましょう』という有名な諺があります。オープンソースは企業間の合意形成に時間がかかりますが、みんなでより遠くを目指すことができると思います」

スタートアップを立ち上げて
自動運転の民主化を推進

――2015年にスタートアップ、株式会社ティアフォーを立ち上げられました。自動運転への取り組みでは、どのような役割を担っていらっしゃるのですか?

Autowareを開発している頃から、ビジネスとして実現するためにスタートアップの立ち上げを考えていました。ティアフォーは設立当初からAutowareの開発をリードし、現在は「Pilot.Auto※3」「Web.Auto※4」「Edge.Auto※5」という3つのプラットフォームを開発し、自動運転の設計や実装に必要なソリューションをフルスタックで提供しています。
取り組みは多岐にわたりますが、シンプルに説明するならば、レベル4の自動運転車を自らで生産から販売まで行う、ある種の自動車メーカーだと思います。ただ、自動車の製造については、私たちはスズキ、いすゞ、トヨタ、ヤマハなど大手自動車メーカーからベースになる車両を仕入れ、そこに自分たちの開発した自動運転システムを搭載して完成させた後、交通事業者や自治体に販売しています。

※3 Pilot.Auto:Autowareをベースにした拡張可能なプラットフォーム

※4 Web.Auto:クラウド技術を活用した開発運用に最適化したプラットフォーム

※5 Edge.Auto:センサーやコンピューターとソフトウェアツールを組み合わせたリファレンスプラットフォーム

――自動運転車の販売までされるのですね。

この方法には大きなメリットがあります。大手自動車メーカーが新たな挑戦をする際は、リスクが伴うため慎重になります。そこで、まずはティアフォーが先行してレベル4の自動運転車を生産し、安全性を検証したうえで販売を行います。

しかし、私たちが自動運転車を量産するには限度があります。そのため、最初は100台や1000台程度を生産して「アーリーアダプター」と呼ばれる、新商品などに関心を持つ人々に販売します。そして、販売を通して培ったノウハウや設計を自動車メーカーにお返しするのです。自動車メーカーは量産体制を確立しているため、私たちが開発した自動運転車を基に、1万台、10万台の単位で大量生産し、販売することができます。自動車メーカーは自社でリスクを負うことなく、すでにティアフォーが検証した技術を利用して新たなビジネスを展開していくことが可能となるのです。

――すでに実装している自治体もあります。

政府は「デジタル田園都市国家構想総合戦略」において、自動運転車による移動サービスを2025年までに全国50カ所程度、2027年までに100カ所以上の自治体で実現することを目指しています。ティアフォーでは、2024年10月に長野県塩尻市の一般道(塩尻駅〜塩尻市役所間のルート)においてレベル4の自動運転システムの認可を取得しました。歩行者と一般車両が混在する一般道で、ドライバーを必要としない自動運転車が車両最大時速35kmの走行で認可を取得したのは、全国で初めての例です。これは、自動運転車の社会実装における大きな一歩です。全国ですでに社会実装が進んでいる自治体は5カ所ほどですが、100カ所近くが実証段階ですから、2027年に100カ所を実現する道筋はすでに見えていると思います。

自治体の交通インフラが充実してくれば、鉄道や飛行機などの移動サービスと連携した取り組みも登場すると考えています。アメリカや中国はAI(人工知能)やEV(電気自動車)、自動運転技術では、先行しています。
しかし、日本は鉄道や飛行機の移送サービスを組み合わせることで、産業的な価値を高めることができます。例えば、自宅から自動運転タクシーで駅に向かい、新幹線で移動し、到着した駅にはすでに自動運転タクシーが待機していて目的地まで送ってくれる。こうしたクオリティの高いサービスは、日本だから実現できることです。地域によっては、シリコンバレーよりも活気のある場所に成長する可能性もあるのでしょう。こうした社会の創出に役立つことも、大きな社会貢献になると考えています。

株式会社ティアフォー 代表取締役社長 CEO  加藤 真平 氏
自動車メーカーから購入した自動車に、自動運転システムを積み込む。「アメリカではロボットタクシーが特定の地域を様々なルートで走っていますが、日本のタクシーは、一定区間のピストン送迎のような用途で広がっていくと思います」と加藤氏。
車両に様々なセンサーカメラを搭載し、走行中360度周囲が見える状況で画像を捉る。その画像をもとに障害物が人か物体かをAIが認識する。
車両に様々なセンサーカメラを搭載し、走行中360度周囲が見える状況で画像を捉る。その画像をもとに障害物が人か物体かをAIが認識する。
レーザー(上部)や電波(下部)によって歩行者や障害物を検知。車両との距離測定も行う装置。
レーザー(上部)や電波(下部)によって歩行者や障害物を検知。車両との距離測定も行う装置。

最新技術を正しく使いながら
自動運転の民主化を推進する

――今後の研究や取り組みについて教えてください。

ティアフォーとしては、今後も自動運転の技術開発とサービスの展開を進めていきます。そして、その中で多くの研究者や企業とつながり、連携していくことで、自動運転業界を牽引していきたいと考えています。
ティアフォーは「自動運転の民主化」をビジョンに掲げています。誰もが自動運転技術を開発でき、誰もがその恩恵を享受できる状態を今後も目指していきます。

私が個人的に注目しているのは、AIを検証する技術です。AIは自動運転に欠かせないものですが、急速な普及により様々な課題が浮上しており、悪用など社会的な危険性を危惧する声も聞かれます。このため、AIの判断の正確性を証明することが重要になりますが、現状では完全に証明できる技術はまだ開発されていません。特に、量子計算の結果は不安定なことから、その結果を検証する技術には大変興味を引かれます。今後、多くの研究者や企業と協力しながらAI検証技術の開発にも取り組んでいければと考えています。

――KDDI Foundation Awardを受賞されたご感想をお聞かせください。

研究というのは、自分自身が良いと思う主観的な評価と、社会からの客観的な評価の両方があり成立するものだと思います。私も自分の研究を良いものと信じて取り組んできましたが、今回の受賞を通じて、審査に携わった先生方から客観的な視点で評価いただいたことは、大変喜ばしいことだと感じています。また、KDDI Foundation Awardは、情報通信を軸とした社会貢献を評価する賞ですから、私のこれまで取り組んできた価値観とも相関していて、その点でもうれしく思っています。

株式会社ティアフォー 代表取締役社長 CEO  加藤 真平 氏
「自分のコンピュータサイエンスの研究が、社会の役に立つと思って取り組んできましたから、客観的に評価していただけて、素直にうれしかったです」
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