ICTを活用した危機に強い地方議会の構築

東北大学大学院 情報科学研究科

河村 和徳 かわむら かずのり 准教授

新型コロナウイルスの影響で、私たちの生活は大きく変わりました。いわゆる「三密(密閉、密集、密接)を避ける手段として、生活にリモートワークやオンライン授業などが取り入れられ、社会のデジタル化は大きく進みました。しかし、その一方でデジタル化の進んでいない分野もあると、河村和徳先生は言います。デジタルと政治について長らく研究を続けておられる先生に、今回の調査・研究から見えてきた日本の政治におけるデジタル化の現状と課題についてお聞きしました。

コロナ後も進まない
政治のデジタル化

――先生の研究されている分野について教えてください。

私の専門は、政治学、特に日本政治のデータ分析をすることです。政治のデータ分析は、世論調査などに限られていましたが、1990年代以降のコンピュータの普及や情報公開制度の整備によってデータが集めやすくなったことなどを受け、近年では、データに基づいて政治現象を研究するのが一般的になりつつあります。

――先生が日本の政治におけるデジタル化に取り組まれたのは、なぜでしょうか。

この分野を考えようと思ったきっかけは、東日本大震災です。震災で遠方に避難している人たちが投票できなかったり、自治体の議会開催が難しかったりという状況になりました。宮城県では、議会の出席はリアルでなければならないというルールに加え、オンライン会議ソフトも普及していなかったため、屋外で、いわゆる「青空議会」が行われました。この時に選挙制度や議会制度を支える仕組みのデジタル化を推進する必要があると思いました。

さらに、私が選挙制度のデジタル化に取り組み始めると、今度は新型コロナウイルスの感染拡大が起こりました。議会というのは人が集まらないと議論ができません。「密」を禁じられる一方で、集まることが求められる事態となったわけです。

ただ、私たちの生活ではオンライン会議やテレワークが定着していったものの、議会の現場では、コロナに感染した議員が議会に出席する・しないというような状態で、オンラインで議会を開催するような自治体はほとんどありませんでした。日本の中で最もデジタル化が遅れているのが、議会制度だと言っても過言ではないでしょう。

議会のデジタル化が進めば、コロナの問題だけでなく、「議会に出席したくてもできない」という議員が参加しやすくなります。例えば、出産を控えて議会に出られない女性議員や、足の骨折で入院して議会に出向けないという議員も、参加したいという意向があれば参加でき、民意を背負った代表としての役目をしっかり果たせるようになります。

東北大学大学院 情報科学研究科 河村 和徳 准教授
「震災とコロナを経験し、このタイミングだからこそ、本腰を入れて議会のデジタル化を研究しようと思いました。キーワードは、『デジタル・インクルージョン』。政治に参加する権利をデジタルで保証するということです」

データから見えてくる
日本の議会の現状

――それが今回の調査・研究へとつながるのですね。どのようなことをされたのですか?

東日本大震災、コロナの教訓をいかに生かしていくのか。政治学でいう教訓は、後世に残すものというよりも制度そのものを変えていくことを指します。制度を変えるということは、法そのものを見直すこと。つまり、社会そのものを変えることでもあるのです。

ただ、そこで「政治におけるデジタル化が大事だ」という話をしても、それだけでは人の心には刺さりません。社会を変えるという時には、いまの状況と将来像をきちんと示すことが求められます。そのために今回は、コロナ禍における地方議会の現状をデータとして可視化すること、そして、データに基づいて地方議会の今後のあり方やICT活用の課題を明らかにすることが必要だと考えました。

実際の調査は、助成いただいた期間の間に、三議長会(全国都道府県議会議長会、全国市議会議長会、全国町村議会議長会)や議会事務局、地方議会へのヒアリングを行い、さらに、全国市区町村議会事務局に対する郵送調査、全国市区町村議員に対する意識調査などを実施しました。

――その結果、どのようなことがわかったのでしょうか?

新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた頃、地方議会の中では出席議員を限定したり、質問時間を短縮したりといった「三密対策」を行ったところがありました(図1)。このような人との接触を避ける状況が求められる場合、オンラインによる会議環境が有効なのですが、実際に災害等を想定したBCP(事業継続計画)を策定しているところは、ごくわずかという状況でした(図2)。

また、2020年1月以降のデジタル技術の活用調査への回答でも、デジタルを活用しているところは極めて少数でした(図3)。震災、コロナ以降に議会のデジタル化が進んだとは言い難い状況が考えられます。

図1三密回避の実施状況
図2議会のBCP対策
図3デジタル技術の活用状況

次に、実際の議員たちはどのように考えているのか、コロナ以降のデジタル技術に対する関心の高さを聞いてみたところ、下の表のような結果となりました。

市区議では84.3%が、町村議の75.0%でも関心が高まった(「とてもそう思う」「そう思う」という回答の合計)と回答しており、デジタル技術の活用に対する認識は高まったと言えます。

表1 今回のコロナ禍をきっかけにデジタル技術に関する関心が高まったか

しかし、一方では年齢が高くなればなるほど「とてもそう思う」「そう思う」という回答の比率が下がる傾向も見て取れます。全体としてはデジタル技術に対して前向きな議員が多いのですが、70 歳以上を中心にデジタル技術の活用に必要性を感じていない議員もいて、それがデジタル化推進のブレーキとなることも考えられます。

議会にデジタルを導入することは、現在でも技術的には可能です。しかし、「デジタル化すれば便利だ」というと、「私とすれば不便になる」という人が必ず出てきます。マイナンバーカードの取得と同様で、マイナンバーカードを利用することで便利になる人がいる一方で、登録などに手間がかかり、かえって不便だという人もいるのです。

日本の議会は、これまでデジタルを使わなくても実施されてきています。そのため、デジタル化しなくても不便を感じないという層がいるのも事実です。実際、70代の議員の中にはガラケーの携帯電話を使用している人が少なくありません。それでも不便がなかったのですよね。これが変わっていくのを待っていると、あと20年はかかるでしょう。

――それでも全体としてデジタルに関心を持つ人は多いのですから、もっとデジタル化が進んでもよさそうです。

進まない理由として考えられるのは、まず、日本の自治体には「先進自治体のグッド・プラクティスを学ぶことが効率的」と考えるところが多いことです。他が成功してから取り入れようとするため、その分時間がかかってしまいます。すでにデジタル化を進めている自治体も出てきていますから、今後は、その成果を確認して導入を考える追随層が出てくると良いと思います。

また、もう一つ大きな妨げとなっているのが、議会内のデジタル・ディバイド(デジタルの利用に関する格差)です。議会がデジタル化された時に、スキルのない議員は今後議員を続けることができなくなるかもしれません。ですから必死に抵抗するのも無理はないのです。これを回避するには、スキルのない議員をサポートするデジタル人材を配置するなどの対策が必要になりますが、そのためにはコストがかかります。この点も、デジタル化を妨げる要因となっていると思います。

実際に「地方議会のデジタル化を進めるにあたって重要となるものは何か」を聞いてみると、「議員自身のICT リテラシーが重要」という答えと「財源が重要」という答えの割合が圧倒的に高くなる結果になりました。

図4 議会のデジタル化を進めるにあたって重要となるもの

ただ、自治体で財源確保をするためには、予算提案権を持つ首長(執行部)の支持が必要です。ここで、首長がデジタルに関心があるかどうかで、議会のデジタル化の進み具合も左右されると考えられます。現状でデジタル化に予算をつけている自治体を見ると、首長がデジタル好きというところが多く、首長が関心を持っていない自治体では、議員たちのやる気はあってもなかなか進んでいないように感じます。

東北大学大学院 情報科学研究科 河村 和徳 准教授
「選挙運動で集票のための手法を調べたところ、議員たちは普段からデジタル技術をあまり活用しないことや選挙の集票でデジタル技術をそれほど必要としていないことがわかりました。インターネット選挙運動が解禁されて10 年近く経過しても活発にならないのは、不都合を感じてこなかったからです。震災、コロナという不都合が生じたタイミングこそ新しい技術を取り入れるチャンスでもあるのです」

便利なだけでは支持は得られない。
ナラティブを使うことが重要

――デジタル化の推進には、さまざまな課題があるのですね。

なぜデジタルが拒否されるのかは、さらに研究していく必要があると思っています。技術的には可能ですが、技術だけではうまくいかないのです。

例えば、先ほどお話ししたように、「便利になる」と訴えただけでは、「便利でない」と思う人の支持は得られません。ところが、これが「災害時の時に、こんなふうに役に立つ」と説明すると、「いいね」と言ってくれたりする。「危機に強い」というロジックは、みんなが賛成しやすく、デジタル化を前に進めやすくなります。

こうした相手視点の物語性、いわゆるナラティブを活用して説得することが重要です。技術系の人の中には、どうしても「これを使うと便利」「すぐにでも活用できる」と勧める人が多いように思うのですが、それが説得に失敗する要因だという気がします。

そして、導入についても、段階を踏んでいくことが重要だと思います。まずは「ふれる」ことです。これまでデジタルを利用していない議員に情報端末に触れてもらい、デジタル・ディバイドを解消していくことが必要です。次に進むのが「つながる」段階です。オンライン技術を活用し、議員と住民の関係を見直すなど、地方自治体の意思決定を支える仕組みをアップデートしていきます。そして最後が「活用する」段階です。オープンデータやオープンドキュメントを活用し、それらを政策形成に積極的に生かしていきます。

今後進めていくためには、技術者と政策担当者の対話が不可欠で、「良い技術」と「社会に適応できる政策」をいかに融合させていくのかが難しいところです。技術は不具合があればアップデートして改善していけばいいですが、行政の制度は間違えが許されません。失敗できないと思っている相手に、すぐに直せばいいと話しても、なかなか納得は得られないでしょう。そのため、社会実装を進めようとした際、私たちのような法律学や政治学の研究者とも対話を重ねていくことが大事だと思います。

東北大学大学院 情報科学研究科 河村 和徳 准教授
「日本では先進的な自治体でも、『つながる』段階で止まっています。片や韓国の地方議会では、すでにデジタル技術を用いて『議会の見える化』が図られています。なぜ、日本と韓国でこのような差が生じているのか。それも今後の研究課題だと思っています」

政治のデジタル化は
日本の歴史に残る作業

――こうした成果を、すでにさまざまなところで役立てておられると聞きました。

調査・研究の成果は社会へ還元していくことが大事です。とりわけ当事者たちへ還元していくことが重要だと考えています。

実は、ちょうど助成対象に採択されるのと同じタイミングで、三議長会のほうから地方議会のデジタル化を進めるための協力を要請されました。そのおかげで、結果的に本研究で得られた成果を全国都道府県議会議長会デジタル化専門委員会で報告させていただき、地方議会のデジタル化の推進に貢献することができました。

また、調査結果は多くのメディアにも取り上げていただきました。実は、こうした調査はメディアでは実施しにくいものなのです。自分達で調査した結果は、調査対象者や視聴者からのクレーム対象になる可能性もありますから。このデータは、大学の研究者が調査しているものなので、メディアにとって扱いやすいのです。メディアを通じて調査の成果を社会に還元できたのもよかったと思っています。

こうしたデータを残していくことは、私たちの社会の歴史を残すことだと思うのです。今、実施している調査・研究が、未来の人に役立ってくれることを願っています。

東北大学大学院 情報科学研究科 河村 和徳 准教授
「今回の調査の中で、特に議会事務局や地方議員のデジタルに関する調査結果は大変に貴重なもので、テレビや新聞などでも取り上げられました。トップニュースになるほどのインパクトのある内容です」

文理融合の分野を
助成対象としていることに感謝

私は、助成金を申請する際、その研究内容が社会への貢献だけでなく、助成してくれる団体にも何か貢献できるものであるべきだと思っています。議会のデジタル化を進めるうえで通信環境は、民主主義を支えるインフラと言えます。危機に強い議会を作るには、通信というインフラをもっと活用すべきだし、それを支える企業を巻き込んでやらなければという気持ちで申請しました。KDDI財団にそれに応えていただけたのは、大変うれしいことでした。

また、調査・研究を進めていく上で、KDDI財団の助成をいただいたことに、とても大きな意味を感じました。我々が単体で調査しているというよりも、財団の「助成対象」として公的に認められた調査・研究であることで、回答者への信頼度が上がったと感じています。おかげで回収率も高くなりました。

私の研究室は、理系の中にある文系の研究室で、技術を社会に実装する文理融合を中心としています。こうした文理融合の研究にも予算を割いていただいたのはありがたいことだと思います。これからも、「便利な社会をつくるデジタル」という視点だけでなく、「生活の権利を守るデジタル」という視点での助成も続けていただければと思います。

株式会社Preferred Networks 代表取締役 最高研究責任者 岡野原 大輔 氏
「助成プログラムやKDDI Foundation Awardを受賞した人たちだけでなく、それ以外の研究者とも交流できるような場があるといいですね。例えば、助成プログラム対象者と他の研究者が共同で研究するようなことがあってもいい。そうすると研究者同士のつながりももっと広がると思います」
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