安全・安心とプライバシー保護の両立

群馬大学 大学院理工学部 知能機械創製部門

藤井 雄作 ふじい ゆうさく 教授

インターネットの普及によって私たちの暮らしが便利になる一方、個人情報の保護が大きな課題となっています。情報を取り扱う行政機関や企業では、さまざまなウイルス対策や不正アクセス防止策を講じていますが、その多くは外部からの攻撃に備えるものであり、情報を管理・運用する内部にはあまり目が向けられていないのが現状のようです。

藤井雄作先生は、「社会の安全・効率を追求していけば、『超情報化社会』が必ず来るでしょう。しかし、現状のまま放っておくと個人情報が十分に守られず、『超監視社会』になってしまう恐れがあるのです。そうならないように、『いかにして一般市民のプライバシーを保護するか?』が、これからの最大級の課題の一つになると考えています」と話します。やがて訪れる『超情報化社会』において、社会の「安全・安心」「効率化」と個人の「プライバシー保護」をどう両立していくべきか、藤井先生の研究をご紹介します。

社会のさまざまな課題に関心を持ち、解決策に没頭する

- 先生は、いつもどのような研究をされているのですか?

研究室では、光波干渉計を使って精密計測を専門に研究を行っています。光波干渉計といってもわかりにくいかもしれませんが、この研究から生まれた一例が、宇宙飛行士の体重を測定する質量計「宇宙はかり」です。

一般的に使われているはかりは、重力の大きさを測定して値を出していますから、無重力の宇宙では使えません。そこで、軽い物体ほど速く移動するという原理に着目し、飛行士の体に取り付けたゴムを引っ張る力とゴムが元に戻る時の加速度から質量を割り出すことを考えました。この計測でより正確な値を求めるために、レーザー(光波)を使った精密計測を用いています。実際に宇宙での実証実験も行われているんですよ。

ただ、精密計測以外にもさまざまなことを研究していまして、助成をいただいた「e自警ネットカメラシステム」もそうですし、今は新型コロナウイスルに対抗する「ヘルメット型マスク」開発に熱中しています。興味のあることに没頭してしまう性格なんですね(笑)。

開発中のヘルメット型マスクを装着した藤井先生。ヘルメット型マスクの給気ポンプと排気口には高性能フィルターが取り付けられ、ウイルスを中に取り込まない仕組みに。約770gと軽量で、会話も楽にできる。「新型コロナウイルスの変異種が出て来ても、これなら感染を防ぐことができます。医療従事者や感染による重症化リスクの高い人はもちろん、その他の分野でも幅広く活用できると思います」と藤井先生は語る。

-「e自警ネットカメラシステム」というテーマは、以前から取り組んでいらっしゃいますね。

「e自警ネットカメラシステム」のコンセプトを発案したのは、2002年12月でした。当時、子どもの誘拐事件の報道がありまして、自分の息子が生まれたばかりということもあって、この問題に敏感になっていたと思います。ニュースを見ていると、誘拐事件の現場周辺にも住宅はいっぱいあるんです。車で連れ去られたとしたら、その車は必ずどこかの家の前を通っているのに、どうして誰も気づけないのか。もちろん、皆さんずっと家の前を見張るなんてできませんが、そこにカメラがあれば外の様子を記録することができます。

また、この頃にはパソコンが一般家庭にもかなり普及していましたから、各家庭のパソコンにUSBカメラを接続し、地域で防犯ネットワークを作れば探したい人や車を追跡することができ、誘拐犯は必ず見つかるはずです。そうした発想が「e自警ネットカメラシステム」に取り組むきっかけになりました。

その後、e自警ネットワーク研究会を立ち上げ、パソコン用の防犯カメラシステムのソフトウエアを自分たちで作り、無料ダウンロードしてもらえるようにしました。

個人ではなく、地域で見守ることの良い点と課題

- 地域で防犯カメラネットワークを作り見守るわけですね。具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか?

現在、私たちが提案しているのは、すべての街路灯にカメラを設置し、ネットワークでつなげるというものです。

図1:e自警ネットカメラで追跡するイメージ

藤井先生が実施された実証実験、「誘拐犯の容疑車両、および、誘拐された子どもの追尾」より。各所に設置された監視カメラで誘拐犯役(オレンジ色の服の男性)が生徒役の男性に声をかけ、連れ去るまでの動きをとらえていきます。

- 犯罪の抑止につながるのは心強いですね。

図のように閲覧権者は閲覧装置の画面で次々とカメラを切り替えながら画像を確認することができます。選択されたカメラは、前のカメラに映っていた数秒前の画像から再生しますので、その動きを流れで追っていくことができます。それぞれのカメラに1ヶ月分くらいの画像が保存できれば、過去に遡って、誰がどんな相手と会っていたのか、会っていた相手は今どこにいるのかまで、すぐに追跡することができます。

つまり、罪を犯して逃げてもすぐに捕まってしまうので、捕まりたくなければ罪を犯さずにいるしかありません。未然に犯罪を防ぐことができるわけです。さらに、今は画像に映る人の動きを自動検知できるようになっていますから、衝動犯特有の異常な動きを検知して警報を出したり、警察官や警備員を派遣したりすることもできるでしょう。

子どもの誘拐事件のニュースを見て、他人事と思えずに研究に取り組むことに。藤井先生は、以来約20年にわたり「e自警ネットワーク研究会(2009年にNPO法人化)」の会長として、活動を続けている。

- では、e自警ネットカメラシステムを構築する上で課題、問題点などはあるのでしょうか

私たちがe自警ネットカメラシステムを提案し始めた頃、「人の家の前を見るとは何事だ。プライバシーの侵害だ」という批判を随分受けました。それで「プライバシー」を守るために画像の暗号化などの機能も取り入れてきました。

ただ、最近はこうした批判は驚くほど少なくなりました。私は以前から「人の家の前を見ていても面白くないから、誰も見ませんよ。それに、顔を出せば見えるものが見えているだけです」と説明していたのですが、皆さんもそれに気づいたのだと思います。

この活動をしているとよくあることですが、最初は「自分の家の前をカメラが撮っていると思うと緊張してしまう」とか「外に出る時の髪型や着るものに気を使わないといけない」と言っていた方も、少し経つと「カメラが全く気にならなくなり、むしろちゃんと動いているか心配になる。今は見守っていてほしい」と、カメラがあることに安心感を持つようになるんです。

- カメラに馴染んでくると、抵抗感が薄れて見守ってほしくなるというのは面白いですね。

e自警ネットカメラシステムが構築されると、世の中の安全性向上や効率化には非常に役立つはずです。しかし、このネットワークが本当に実現した時には、やはり「プライバシー」については問題があると思います。なぜなら、ネットワークを運用・管理する人は、誰がどこにいるのかをすぐに把握できるわけですから。

とはいえ「プライバシー」を保護するために何もしないというのも問題があります。世界にはプライバシーを気にしない国家もあり、そうした国は躊躇なく監視ネットワークを構築して社会の安全面や効率面で日本よりも大きく先行していくでしょう。プライバシーを大事にする日本のような民主主義国家は、何もしなければその分遅れをとることになるわけです。「プライバシーは捨てられない」けれど、前には進みたいとなれば、やることはただ一つ、「どうやってプライバシーを守るか」しかないと思います。

「プライバシーをどう守るのか、この部分に本気で取り組んでいる人は多くはありません。セキュリティといっても、大抵は管理者に都合のいいものになっています」と、藤井先生は指摘する。

- どのようにプライバシーを守るかという点も、すでに先生のご研究が進んでいますね。

企業でも、国でも、研究者でも、ネットワークセキュリティというと、大抵は外部から守ることを想定して管理者に都合のいいセキュリティになっています。例えば、画像の暗号化やアクセス権に段階を設け、メンテナンス業者はぼやけた画像でカメラの動作確認はできるけれど、何が写っているかはわからないようにする技術もあります。しかし、これらは外部からの悪用に対して講じるもので、クレジットカードの認証システムなどに使われるものと同じなのです。

では、管理者に対してはどうでしょう。管理者が悪事を働くことを想定したセキュリテイ対策は誰もやっていないんです。ですが、運用・管理者に対するセキュリティ対策こそ、民主主義国家を続ける社会基盤として必要とされるものだと思います。

- では、プライバシーを守るには、どうすればいいのでしょう?

プライバシーを守るために重要となるのが「閲覧行為の完全な記録」だと思います。誰がいつ、何を閲覧したかを完全に記録し、第三者機関が常にそれを監視します。言葉だけではわかりにくいと思いますが、記録する仕組みをわかりやすく表したものが、次の図2になります。

図2:e自警ネットカメラシステム概念図

全国には自治体が1700ほどあります。それぞれが街路灯のカメラ画像に独自の暗号を設定して使いながら、全国で統一されたシステムになっていて、閲覧記録を管理するのは日本で唯一の第三者機関とします。

司法・行政・立法の三権分立のように、閲覧記録の管理を独立した機関に委ねた上で、国としてシステムを運用することが望ましく、そのための法整備も行う必要があります。

- 具体的に、どのようなプロセスで画像が閲覧できるのでしょうか?

例えば、ある自治体で認知症の高齢者が行方不明だと連絡があったとします。ネットワークを管理する職員は、自分のIDで閲覧装置のソフトを起動し、高齢者の自宅周辺にある街路灯カメラから数時間前の画像を閲覧したいと入力します。すると、ソフトが自動的に閲覧申請を第三者の管理する記録サーバに送り、記録サーバは閲覧申請があったことを記録し、同時に、あらかじめ自治体ごとのルールによって発行される許可コードを管理者の閲覧装置に送ります。そして、閲覧装置から当該カメラに許可コードが転送され、要求内容にしたがって画像ファイルが閲覧装置に送られる仕組みです。送られた画像ファイルは暗号化されているので、職員が暗号キーを入れることで閲覧が可能になります。

順を追って説明すると閲覧までに時間がかかるように感じるかもしれませんが、これらの処理は1/1000秒もかからずに終えられます。

もちろん、このシステムが実際に導入される時には、画像の閲覧、画像の利用などをルール化し、社会のコンセンサスをしっかりと得た上で運用していくことが大切です。その際も根本にあるのは、やはり「誰かが全ての閲覧を確実に記録している」ということ。プライバシーが守られていることが担保されているからこそ、社会にも受け入れられるのだと思います。

「全ての閲覧が検証可能な状態になっていることで、運用・管理者の悪用をすぐに見つけることができ、また、悪用の抑止にもつながります」と藤井先生。

撮られる側の「知る権利」に応えるシステムで、ネットワークへの理解を広げていく

- 今回の助成期間中には、どのようなことを行ったのでしょうか?

大きくは3つのことを進めていました。まず、e自警ネットカメラの試作機は、屋外に設置して長期にわたり利用します。そのための耐久性、信頼性のさらなる向上を目指しました。また、閲覧装置については、より機能的に利用できるような改良も行いました。

2つ目に、防犯カメラの自己紹介機能の開発です。e自警ネットカメラによるネットワークが実現した時に、カメラの被写体となる一般の人たちは、ある意味勝手に撮られているわけです。それなら近隣のどこにカメラがあって、それは誰がどんな目的で設置しているものか、撮られている側にも知る権利があると考え、防犯カメラの「自己紹介機能」を開発しました。

まず、スマートフォン用のアプリを開発し、GPSで得られた現在位置から近くの防犯カメラを地図上に表示し、そのカメラのマークをタップすると、カメラの管理者情報や運用方法の紹介ページが表示されます(図3)。また、自分が調べているカメラを確認できるよう、該当するカメラのLEDを点滅させる機能も開発しています(図4)。

■図3:自己紹介機能のコンセプト
■図4:カメラ識別機能のコンセプト

自分を撮っている防犯カメラの情報をいつでも調べられることは安心感につながります。

また、「自己紹介機能」は、スマートフォンと防犯カメラをBluetoothで連携させることで成り立っている機能なので、ここにさらに機能を追加して、防犯カメラとお子さんのスマートフォンが連携ができるようにすれば、お子さんの見守りにも活用できるでしょう。お子さんがスマートフォンを持っていれば、家を出て学校や塾、あるいは習い事などに行き、再び家に帰ってくるまでを完全に見守ることができるわけです。お子さんのプライバシー保護の問題もありますが、誘拐や連れ去りのような犯罪からお子さんを守ることができるかもしれません。

そして、3つ目が商店街での実証実験です。

- 実証実験では、どのようなことを調査されたのですか?

桐生市にある5つの商店街に声かけ機能付きのe自警ネットカメラを設置し、皆さんがどのように感じるかアンケート調査を行いました。

今回は、第三者が管理するサーバを群馬大学に設置し、そちらに閲覧記録が残るようにしました。また、商店街の皆さんが閲覧する画像の暗号キーは、それぞれの商店街で設定し、私たちも知りません。また、カメラから発せられる「こんにちは」や「こんばんは」といった声かけの言葉も、それぞれの商店街の皆さんで決めていただきました。

藤井先生の研究グループと桐生市の5つの商店街が共同で、声かけ機能付きe自警ネットカメラによる社会実験を実施。商店街に設置した防犯カメラが人を感知して「おはようございます」「こんにちは」などと声かけをする。犯罪や迷惑行為の抑制効果を図るだけでなく、プライバシーに関する意識調査も行なった。

実施後に「今回のe自警ネットカメラの運用方法で,一般市民のプライバシーは守られていると思いますか?」という質問をしたところ、守られる:132人(73%)、守られない:11 人(6 %)、よくわからない: 37人(20%)、無回答2人(1%)の結果が得られました。10年前では考えられないような結果ですが、声かけをすることによって、一般の方には「見守っていますよ」というメッセージが素直に受け入れていただけたようです。

また、商店主の皆さんからも、「防犯カメラを設置するとお客様が嫌がるのではないか、不快に感じないかと思っていたけれど、その心配もなくなった」という感想がありました。

ただ、昨年はコロナで残念ながら実験が中断しなければなりませんでしたので、今後もさらに調査を続けていきたいと考えています。

- 今後、e自警ネットカメラの調査・研究はどのような展開となるのでしょうか。

このe自警ネットカメラシステムのネットワークでプライバシーが守られるとお話ししても、想像していただきにくいので、モデル地区などを設けて大規模な実験を行うことができればと考えています。

今後ますます安全で便利な社会になっていきますが、同時にプライバシーが最大級の危機を迎えます。この問題は避けて通ることができない上に、真っ正面から取り組んでいる企業や研究者はとても少ないのです。プライバシーをどう守るのかという問題に皆さんが目を向けることで、社会が動き、政治家も企業も動きます。日本に超情報化社会が到来した時,それが超監視社会にならないように,「プライバシー」にぜひ意識を向けていただきたいと思っています。

桐生市商店街だけでなく、これまでもさまざまな自治体と共同でe自警ネットカメラに関する社会実験を行ない、「安全・安心な社会の実現」と「プライバシー保護」の両立が実現する可能性を模索している。

助成金の使い勝手がよく、必要なところで有効活用できました。

私が研究しているe自警ネットカメラシステムは、全国をインターネットでつなぐとか、スマートフォンで防犯カメラと個人間のやり取りをしようとか、通信ネットワークととても関係があるものです。そのため、KDDI財団の助成に申請させていただく時には、助成対象として採用していただきたいという思いはもちろんありましたが、それよりも大手キャリアであるKDDIの方たちにとにかく見てほしい、知ってほしい、できれば一緒に研究をしてほしい。そんな強い気持ちがありました。

国の予算をいただいて調査研究を続けている中で、KDDI財団の助成も受けることができました。KDDI財団の助成制度は、助成金の自由度が高く、急な会議を開きたい、データ解析を手伝ってくれた学生に謝礼金を出したいなど、必要になったところに有効に使わせていただいたというのを強く感じます。この助成のおかげで研究を進めることができ、感謝しています。

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